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中国の習字手本『千字文』中の第69─70句(「川流不息 淵澄取映」)冒頭の2字からとりました。「川は流れて息(や)まず 淵は澄んで映(ひかり)を取る」と読むようです。
『千字文』は、児童に文字を憶えさせながら、同時に儒教的な教育をほどこすものだったようで、この8字・2句には、「川の流れが息むことのないように、学び修養(事業)に努めるとともに、澄んだ淵のように虚心に自分や世の中を観察する」という意味が込められていたようです。そのことをふまえながらも、私たちは、次のような解釈を入れています。
川の流れは時と所に応じて千変万化しながら、水の動きという本質は変わらない。流れは時に、大岩に遮られて動けなくなることもある。その時は静かに岩を映す淵となり、人を愉しませるのもよいだろう。が、時至れば岩を穿ち、本来の流れを取り戻す。静と動、それは生命の源である水の本質ともいえる。人の生き方もそうありたいものだ。
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