>お楽しみコーナー>印刷なんぞ>グーテンベルク サイトマップ 最終更新日:2005/07/22

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グーテンベルクの謎 哀れな発明家か、実業的発明家か

グーテンベルク写真 グーテンベルクは印刷術の発明者として知られています。しかし、その実像は謎につつまれ、歴史のもやのなかに曖昧にしか浮かんできません。グーテンベルクについての確実な記録は唯一つ、訴訟の記録としてしか残っていないということです。
 彼は、従来「あわれな発明家」といわれてきました。ところが最近、イギリスの研究者が新説を発表し、実業家としても優秀であったと主張しているようです。(アラン・G・トマス『美しい書物の話』晶文社)

「哀れな発明家」説

 まずは「哀れな発明家」説から。それによると、グーテンベルクは極度の完全主義者とされます。そのため、幾多の実験を繰り返すうちに資産を失いました。それでも発明への希求やみがたく、未だ完成していない発明を担保としてマインツの商人、ヨハン・フストから金を借りたのでした。1455年11月のフストの証言によると、その金額は、融資・利息あわせて約2000ギルダーということです。現在の日本でいくらぐらいに相当するのか、分かる人がいたら教えてください。
 ともあれ、フストはこの貸付の回収として、ほぼ「完成」していたと思われる活字と印刷機器を没収し、活字工も彼に雇われてしまいました。こんにち『グーテンベルク聖書』と称される『四十二行聖書』ですが、その完成はグーテンベルク自身ではなく、フストが没収した6台の印刷機とこの活字工によってなされ、彼らは印刷業者として繁栄しました。

 一方、グーテンベルクには工場とわずかな機械部品しか残らなかったといいます。それらの機械をつかって、彼は印刷の事業を続けました。しかし、フストのような商才はなく、取引も拡大できなかったため、晩年は細々とした年金生活であったと伝えられています。(この時期、彼は残った印刷機で『三十二行聖書』を制作したと従来いわれてきました。最新の研究(高宮利行『グーテンベルクの謎』岩波書店)では、そうではなくて、グーテンベルクが供給した活字を用いて、バンベルク在のプフィツナーが印刷したとされています)

「商売にもたけていた」説

 新説は、「印刷商売にもたけていた」説とでも呼びましょうか。フストによる貸付回収のさい、結局フストとグーテンベルクは印刷機と備品を分け合うことに落ち着いたとう説です。それによると、2台の印刷機と大きい活字のほうをクストが、残りの印刷機と小さい活字をグーテンベルクが獲得しました。
 グーテンベルクは、これらの機械で小型の本をたくさん作って商売も繁盛し、晩年には相当の年金を得ていたというのです。

 「哀れな発明家」説は言い換えると、「商才はないが、技術は超時代的な完全主義者」ということになります。疑いもなく、この説の根拠の一つは、『四十二行聖書』の出来映えのすばらしさにあるのでしょう。歴史上はじめて印刷物として登場したこの書物は、600年を経たこんにちでも、印刷書籍の金字塔の位置を保ち続けているのです。

―――2000/5/22.7/24.