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パピルスpapyrusの謎 (1)
西洋で紙(paper)の語源といえば、papyrus=パピルス。この話をご存知の方は多いでしょう。しかし、パピルス自体については意外と知られていません。パピルス紙も見たことのない人がほとんどです。
そこで、日本における貴重な研究書である、大沢忍著『パピルスの秘密 復元の研究』(1978年、みすず書房)を参考にして、このページをつくりました。
なお、パピルスについての呼び名も、同書に拠り、パピルス紙/パピルス草という使い方をしています。更に詳しくお知りになりたい方は、同書をご覧ください。
ナイル河口にパピルスはある?
パピルス紙の原料であるパピルス草は、カヤツリグサ属の多年草で、沼沢地が繁茂の条件とされています。エジプトのナイル川のほとりに立てば、今もパピルスが繁茂している……。と思ったら、実はこれが大間違いなんだそうです。
古代エジプト・ナイル河口のパピルスは自生のものではなく、原産地はアフリカ奥地の湖や河畔等ということです。ナイルの氾濫で流れ着いたパピルスを、古代のエジプト人がナイルの河口で栽培するようになり、パピルスをつかっていろんな生活用具をつくりだした、その一つがパピルス紙だったのです。
事実、中国で発明された紙が西アジア以西の地域に普及し、パピルス紙の使用がすたれると、エジプトからはパピルス草は消えてしまったようです。
紙だけではなかった パピルスの用途
紙以外にも多様な用途があったとされるパピルス草。
右のレリーフをどこかでご覧になった方もいらっしゃるでしょう。この船の原料もパピルスです。そのほかパピルスは、籠や物容れなどの編み物、履き物、縄、燃料はもちろん、食用にもなったといいます。エジプトと聞けば、ピラミッドとスフィンクス、ナイル、そしてパピルスを思い浮かべる方も多いとおもいます。しかし、これほど多様な使われ方をしていたとは、現代からは想像もできないことです。(そのままアナロジーはできないにしても、日本の稲とイネわらのような意味を持っていたと言えるのではないでしょうか)
パピルス紙の復元
ところで、現存する最古のパピルス紙は、エジプト第1王朝期のものとされます。紀元前3000年頃です。
パピルスは、それから3500年ほどヨーロッパを含む地中海世界の貴重な記録をつづっています。紀元4、5世紀には羊皮紙などが普及していましたが、パピルス紙の使用にとどめを刺したのは中国で発明された紙でした。紀元1000年頃のことです。以来、パピルス紙の原料であるパピルス草の栽培もパピルス紙の制作もすたれてしまいました。
パピルス紙の復元がエジプトでなされるのは20世紀に入ってからのことです。そのさい、パピルス紙の復元は、まずパピルス草の栽培から始めなければならなかったといいます。この過程は、大沢氏の著書に詳しく書かれています。
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