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パピルスpapyrusの謎 (3)
パピルス紙はどれくらいの大きさだったか
パピルス紙の制作には、けっこう大変な労力と時間がかかったことはおわかりいただけたと思います。当時は大変な貴重品だったに違いありません。
では、パピルス紙の大きさは、どれくらいあったのでしょうか?
記録によると、並のサイズで16センチ幅くらいだったようですが、大きいものでは、48センチ幅のものもあったといいます。現在、エジプトのパピルス研究所でつくっているものは、大型サイズが29×40センチ、中型が18×23センチ程度ということです。現在の印刷用紙にあてはめると、前者はA3よりやや小さく、後者はB5より少し小さいというところです。
巻子本という型式
実際には、こうした大きさの紙をゴム糊などでつなぎ合わせ、巻物状にしたものが古代エジプトでは使われました。
『博物誌』を著したプリニウス(A.D.23―79。ローマの将軍・官吏にして自然学者)によれば、巻子1巻はパピルス20枚でつくられたといいます(実際に残っているものは、プラス・マイナスいろいろあるようです)。
左の図は古代ローマの図書館のようすを描いたものです。棚に並べられているのがパピルスの巻物です。古代世界随一といわれるエジプト・アレキサンドリアの図書館にも、このようにパピルスの巻物(巻子本)が並べられていたのでしょう。
巻子の型式は、今から思うと、実に不便なものです。
なにしろ、本来の巻子本では、表題は巻末に記したそうですから、1巻の最後まで展げなければ表題がわかりません。そのため、古代ローマの図書館の図にあるようなラベルを付けて、そこに表題を書くようになりました。それにしても、目的の内容の部分を探すためには、全巻を展げなければならないのですから大変なことです。冊子型(codex)の発明により、巻子本がすたれたのは無理もないことでした。
「読むため」ではなかった
古代エジプトでは、なぜ巻子本の型式が発達したのでしょうか?
古代エジプト人にとって、パピルスに書かれた文字とその書物は、もともとは『死者の書』のようにミイラの身辺におく「死者のための書物」だったようです。死者が無事に冥界(めいかい)へいくためには、その書物の内容を知っている必要があり、そうすれば冥界の神 オシリスがおこなう「死者の裁判」にも合格できると、古代エジプトでは考えられていたのです。
言い換えると、「生きている人々が、読むための書物」というのは後からでてきた有用性だったわけです。だとすれば、巻子本という型式も必ずしも不合理とはいえなかったのでしょう。
答(パピルス紙の製造に要する期間)
大沢氏の著書にカイロのパピルス研究所の製法が紹介されています。それによると、1ヶ月ほどかかるようです。
同書では1の工程に要する時間は記されていませんが、2の工程の水の浸潤に12時間以上(約1日)、槌打ち1時間、圧搾2日間、乾燥4,5日間、表面仕上げに2日間、最終仕上げに1週間とされています。これだけで、およそ20日近くかかります。
パピルス草を刈り取り、茎の皮をはいで、髄から薄片をつくるための作業を含めると、答は、約1ヶ月(正味20日以上)ということになります。
2000/9/16.
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